セックス懲役5年の覚悟
結論として、君が男であるならば、懲役5年の覚悟を持ってセックスをしろ、それが持てない相手とはセックスをするな、ということである。
ジャングルポケットの斎藤という人の裁判を発端に、不同意性交罪に関する議論がTwitterで巻き起こっている。彼の罪の有無については、事実関係がよくわからないため、言及することは控えるが、法律に強く関心をもつ僕としては、かなり興味のある問題だった。
不同意性交の条文に関する意見と、我々はセックスに対してどうあるべきかの持論を展開する。
法的な話をすると、条文の設計意図とは異なる解釈運用が現場で行われているという印象を持つ。 政府は不同意性交罪に改正しても犯罪となる射程は変わらないと説明していた。これに対して「政府が嘘をついた」と意見をしている者もいるが、これはそうではないと思う。実際のところ、改正前であっても、精神的な上下関係等を利用した無理やりの性交渉は犯罪であるとされていたからだ。改正によってそれを明文化したにすぎなかった。一方で、現場の解釈は異なった。この改正によって、後から嫌だったと警察に告訴するものが増え、警察もそれに対応せざるを得なくなった。素朴に読めば明らかに条文の適用になってしまうのだから。法律は裁判所のみで運用される者ではない。警察や市民等の末端の人間の解釈だって立派な法解釈であり、その解釈で運用され始めたのなら、学者の意見と異なってもそれもまた現実なのだ。そのため、政府が嘘を吐いたのではなく、現場の解釈と政府の想定解釈のズレが生じ、このような混乱が起きているものであると考えている(そのように意見をしている弁護士がおり、同意できる意見だと思ったため、僕もこれを採用した)。
端的な問題として、違法とするセックスの射程が、今回の法改正により大きく広がりすぎてしまったと感じる。一方で、改正前では少し狭かったとも思う。ちょうど良い具合はどこにあるのだろうか。少なくとも、殺人のようにもう少し広い法定刑を定めるべきだろう。罪の形の多様性に対して、法定刑が5年以上なのは重たすぎると言わざるを得ない。
セックスの同意とは何だろうか。書面での同意が証拠になると言っている者もいるが、脅迫されて書かされたと言われてしまえば、それで終わりだろう。そもそも、同意というのは言葉によるものだけではない。同意の形成については難しく、これを立証するのも反証するのも困難であるように思ってしまう。 また、セックスとは、本質的には暴力でもあるし、コミュニケーションでもあるのだ。暴力を受け入れるところに愛があるとも言えるし、受け入れられなければそれは苦痛でしかない。
更新履歴
- 初版公開