ちいかわ映画面白かった

この間,ちいかわの映画を見てきた。感想としては,素晴らしい映画で,もう一回見に行くと思うし,将来サブスクで配信されたら自分の子供(まだいない)に見せても良いなと思うくらいには良い映画だった。とにかく,きちんと全てにおいてクオリティーがとても高かった映画だった。

ちいかわの映画の感想としてストーリーが着目されているものを良くみるが,僕はあまりそこは評価の力点に置くほどではないなと思った。考察するほど解釈の余地があるほど抽象的な表現はなく,むしろ考察の余地がないほどに丁寧に全てが描かれていた。斬新さがあるわけでもなく,ああいった類のストーリーはむしろ超古典的で良くある話だろう。ストーリーの展開としてはそんなに深読みする部分はなかっただろう。子供向けではないみたいな感想も見かけるが,各登場人物の行動の是非について考えさせられる話ではあって,そういう意味ではとても教育的で子供向けである。

ちいかわの漫画自体は数年前に途中まで読んだことがあったのだが,アニメ自体は初めて見た。今までは何故流行っているのかよく分かってなかったけれど,実際に映画を見てみると流行る理由がとても分かった。ストーリー自体に特別に斬新さ等があるわけではないが,キャラクターがとても魅力的だった。喋ることができる個体が少ないのにみんな表情豊かで,なんかかわいい。なんかかわいいんだよな。ダメすぎるわけでもなく,みんな良いところはあるし,憎めない。わちゃわちゃ頑張って生きてる姿がすごくかわいい。二次創作のちいかわとかハチワレ見すぎてたせいで,ちいかわは弱者男性だし,ハチワレは強者男性だと思ってたけど,実際のところはちいかわは空気読めるし勇気もある素晴らしい奴だったし,ハチワレは頭はいいけど空気読めないアスペだった。あとセイレーンがとっても可愛いね。ペシペシされたい。セイレーンの尾に抱かれて眠りたい。セイレーンに美味しいものたくさん食べさせたい。タコスとか食べたことあるかな?タコス美味しいから是非食べてほしい。勝手に人魚食べるような島民がいないところで一生美味しいもの食べて幸せに暮らして歌っててほしい。

僕がこの映画で一番良かったと思えたのは曲だった。劇中に出てくる曲が本当に全て素晴らしかった。あまり曲のことには詳しくないため,詳しく言及ができるわけではないが,本当に良かった。曲が良かったから,また大音量で高い機材で聞くために映画館に行こうと思っているくらいには良かった。歌詞も可愛くていいよね。ナガノ先生は歌詞に限らず,素朴で俗っぽいものを描くのだが,それ故に我々は理解しやすい上に共感もしやすい。また,表現がとても豊かだから,素朴だからつまらないということにもならない。日常に溢れてる現実の美しさや楽しさを思い出させてくれる。ちいかわという作品が全体を通してそうなっていると思う。

誰が悪かったの?

特に誰が悪かったと言えるようなものではないが,僕としてはヒトハが悪くね?と思ってしまう。 物語の構造としては,豊穣の神様に手を出したため祟りが起きという古くから日本各地にある神話のようなものだと思っていて,神様(=セイレーン)に善悪を問うのも変な話だと思ってしまう。このような論理を持ち出すまでもなく,きっかけとなったフタバの瀕死は,事故すなわちセイレーンの過失によるものであるし,セイレーン自体も過失に気づく余地はなかっただろうから,この事故についてもセイレーンが悪いとはほぼ言えない。一方で,その後にフタバを救うためにヒトハが人魚を殺したことは,短絡的な思考でセイレーンを憎み,更にその行動は悪質かつ故意犯であると言え,この行為だけでも悪いと認定するに足る。それはセイレーンも激おこになって島民を殺すだろう。もちろん,殺害の人数としてはセイレーン側が悪い。殺さなくても島民たちのケツを確認して返せば良かっただろうにとは思う。しかし,この殺戮の原因となった2人は名乗りあげずに手を握って秘密を隠し通し自己保身に走った。2人の友情はとても美しいけど,それで赦されるわけではない。最後にハチワレが船上で「いつまでも絶えることなく♪」と歌って終わったシーンから,おそらく2人は海の中で永遠の友となるのではないかと思っているし,これは妥当だと思う。一方で,ヒトハが悪くないとも言える。友人の命を救うための行動であって,この気持ち自体を責めることもできない。しかし,神の領域を冒し,神の一部を身体に入れて,永遠の命を手に入れたからには,その代償が降ってかかることは仕方がないことだ。仕方がないの一言に尽きる。

本当にこれで良かったのかなあ?

良くない。島編では何も解決されなかった。スッキリしない結末だからここまで色々な感想が言える映画になっているのだろう。

物語は,セイレーンが人魚を殺されて怒るところから始まるわけで,この物語における解決とは,島民たちが真相を知り,セイレーンの怒りを鎮めることだった。しかし,この怒りは鎮まらなかった。ヒトハとフタバは人魚を殺したことを島民たちが殺戮されている中でも黙って,2人で手を握って永遠の命を共にすることを選んだ。ちいかわは真相に気づいていたが,2人の姿を見て,島民たちに真実を伝えなかった。セイレーンと島民は分かりあうことなく,島民たちにとってはセイレーンがただの悪い怪物で,討伐対象となり,最終的には退治された。セイレーンの怒りも静まっていない。しかし,退治された時点で島民たちの間では解決されたことにされ,物語は終わる。何も解決されていないから,良いわけがない。

ちいかわは真相を伝えるべきだったのだろうか?

物語が解決に向かう重要な分岐は,キャンプファイヤーの時にちいかわが人魚の鱗を手に持って,2人が犯人であることを伝えるか迷ったシーンだろう。この時点で,ちいかわは伝えるべきだったのだろうか?という問いが投げかけられる。物語においては伝えることなく終わった。伝えていれば,島民たちはセイレーンの怒りの原因を知り,何かしらの解決に向かっただろう。そしたら,ちいかわは伝えた方がよかったのだろうか?

明確に答えが出ない部分だと思う。ちいかわはヒトハとフタハがぎゅっと手を握っている姿を見て,伝えるべきではないと判断したのだろう。僕はこの選択も間違いではないと思う。2人の個人の友情を優先したちいかわも悪くなかった。全体よりも個人を優先する選択はある意味で現代らしい選択だと思う。もしここで本当のことを言ったのであれば,島民たちは2人を恨むことになるだろうし,セイレーンに2人を差し出して怒りを鎮める方向に向かったかもしれない。ちいかわが2人を守るために秘密を貫く覚悟を決めたその勇気は素晴らしいと僕は思うよ。

変な考察やめろ

お前ら描かれてないものを見出して考察とか言うんじゃねえ!それはお前の妄想であって考察ではない。テキストの解釈を考察と呼ぶのであって,テキスト外のものは想像でしかないんだよ!それでナガノ深いとか言ってんの流石に厳しい。ナガノの良さはそこじゃねえよ。もっと普通にアニメ見ろよ。どんなものにも理由があるわけじゃないからね?物語を進めるために必要だから用意されたキャラクターだってあるし,物語の進行に必要がない設定が特別に寝られるわけでもない。最後にヒトハとフタバはセイレーンを迎え撃とうとしたとか変な解釈するなよ。そんな描写がどこかにあったか?そんな妄想をもってしてナガノ深いとか言ってたらマジで失礼だからやめろ。ちゃんと目ついてるの?てかちいかわの映画なんて特に解釈のぶれがある類の作品ではなかっただろ。むしろしつこいくらいに丁寧に全てが描かれていて,特に解釈の余地なんてなかっただろ。ちいかわの良さはそこじゃないから。マジで。特にストーリーが特別に斬新とかでもないよ。ちゃんと真っ直ぐにアニメ見てください。ひねくれた見方をするな。ありもしないことを見出そうとするな。真っ直ぐに見ろ。アニメは真剣に見ろ。

更新履歴

  • 初版公開